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ウクライナ動乱 - Coggle Diagram
ウクライナ動乱
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第二章 ユーロマイダン革命とその後
1 ユーロマイダン革命の見方
片方のグループ:「独立ではウクライナはソヴィエト体制の残滓を一掃できなかった。オレンジ革命はすぐに鎮静化してしまった。まさにユーロマイダン革命によって、ウクライナはヨーロッパの道を歩み、繁栄を手にするはずであった。それを許せないロシアはウクライナの発展を妨害し、ついに全面侵略に至った。」
もう一方:「2014年までのウクライナは、経済においてロシアやベラルーシに若干劣っていたが、民主主義においてははるかに優れていた。様々な衝突は妥協によって解決されていた。ユーロマイダン革命によって、ウクライナ政治は、大言壮語と無能力、不寛容と暴力に特徴づけられるものになってしまった。」
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3 ユーロマイダン革命
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11/30に警察隊がピケ参加者に、新年のクリスマスツリーを広場に立てるために退去することを要求。数百名が拒否したので実力で排除し79人の負傷者を出した。これをオリガーク系のTV局が全国放送した。
結果、EU云々は吹っ飛び弾圧抗議、不当逮捕者釈放、責任者処罰がスローガンとなり抗議は全国に広がった。大統領、警察、最高会議ともに対応が中途半端でどんどんエスカレート
2/18 マイダン派は「2004年憲法への回帰」を唐突に政府への要求に含め、「平和攻勢」と称するデモ
デモ隊と警察隊双方に合わせて20名以上の死者
そのうち3名がクリミアから派遣された警察官だった⇒クリミアの情勢に影響
2/20 朝9時ごろから、マイダン派約3000人が隊列を組み、警察隊と衝突、警察隊がマイダン派を銃撃し多数の死者がでたとされる。
が、本当に警察が打ったのか怪しい
・ユーロマイダン政権は、街路樹を伐採させ幼木に植え替えた→弾痕での検証ができなくなった
・そもそも被害者たちはウクライナ・ホテルを指さして「あそこから撃っている」と言っていた
・実行者を名乗るグルジア人がインターネットメディアで証言したが、それに対するウクライナ政府に近いメディアの反論がいまいち
・エストニア外相曰く「デモ隊の犠牲者と警官の犠牲者から摘出された弾丸が同一であると検死医から聞いた」
もし、この虐殺が自作自演であったなら革命参加者にとって最大の屈辱なので、当時は疑惑徹底解明は革命参加者も要求していた。ロシアがクリミアを併合したせいで「ウクライナ政権の言い分を疑うことは、プーチンの擁護である」と自主規制が始まった。。
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4/6 ドネツクとルガンスクで分離派が州議会・国家行政府建物を占拠。その翌日にドネツクでドネツク人民共和国の成立を宣言、27日にルガンスクで独立宣言。
ハルキウの分離派も7日に占拠して独立宣言を行ったがたまたまいた内務省特殊部隊に解除された。
しかしその内容は
①ウクライナの市場開放が性急に求められている
②ウクライナ経済適応のための負担に見合ったEUからの援助が約束されていない
③ウクライナでは石油ガスの国際価格に見合った公共料金を国民が払えないため、国庫から逆ザヤで援助していたが、これが「二重価格」として排除される
などウクライナに不利なものになっていた
特に③を実施すると、ヤヌコビッチ政権は大統領選挙の前に公共料金を大幅に値上げせねばならない
4/11ロシア軍人のイーゴリ・ギルキンが50名の武装した仲間とともに入国し、スラヴャンスクの市警察署、ウクライナ特殊部隊の支庁を占拠。これに呼応して近隣のクラマトルスク、マウリポリで分離派が支庁等を占拠してドネツク人民共和国への編入を宣言した。
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第一章 ソ連末期から継続する社会変動
1 非工業化
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ウクライナはソ連工業の牽引車
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ユーロマイダン前の貿易:ロシア→ウクライナは鉱物資源、逆は機械、金属製品、2014年後は相手がEUになるが、その場合は資源を輸出することになった。2014年にロシアがウクライナに侵攻しなかった理由の一つは兵器・軍需品をウクライナに頼っていたから
2 分離紛争
ソ連末期に沿ドニエストル、アブハジア、クリミアなどはソ連からの独立を目指したわけではない。それらが帰属していたモルドヴァ、グルジア、ウクライナなどの上位共和国が独立傾向を強めたので自分たちはそれら上位共和国から独立して、ソ連に残ることを目指した。
民族領域連邦制
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実際はアルメニア以外は、上記を適用せずuti possidetis jurisを適用(ソ連に組み込まれたこと自体が違法とみなしたので)。しかし、下に自治単位があるので無理があった。(自治単位はソ連に帰属する前提で上位共和国に服従していた)
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3 安全保障
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多文化国家の存続
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中立五原則
①多言語・多文化主義
②特定のイデオロギーや歴史認識を全住民に押し付けない
③経済成長、生活水準の向上、文化・学術・スポーツ振興などを国家目標にする
⑤揉め事が起こったときは暴力に訴えず、寛容と妥協を重んずる
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