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フッサールの現象学 - Coggle Diagram
フッサールの現象学
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志向性
いわゆる自然的関係とは対照的に、志向性は、両方の関係項の存在を前提としないという事実によって性格づけられる。 p.28
私が馬を思考するということが真であるならば、馬は存在する必要はない。だから、志向性の重要な局面はまさしく、その存在からの独立性である。
志向性は、意識が対象によって影響を受けるときに生じる外的な関係ではなく、反対に、意識の本来的特徴である。
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カテゴリー的対象と本質直感.
形相的変更を通して、その中でこの累計の事物としての同一性を失うことなしに対象が変化する事ができる地平を確立することに成功する場合に、私は本質的洞察、本質直観を獲得することができる。この場合、私は本質を作り上げる普遍の構造を開示することに成功したことになる。 p.57
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超越論的哲学への展開
無前提性
エポケー・還元
目的:われわれを自然主義的独断論から自由にすること、われわれ自身の構成的(すなわち認知的意味付与的)寄与に気づかせること。
→そうすることで、現象学の課題である、「実在の存在と本性にかかわる哲学的な核心の問いを主題化し明瞭にする」ことができる。
超越論的主観性
私達は世界の中で出会う(経験する)さまざまな存在者がそれら自身で存在することを自明なことと思っている。つまり私はそれら存在者(全体的に見ると世界)のわたしにとっての超越性を疑問の余地のないこととしてそのまま(素朴に)信じ込んでいる。こうした態度が自然的態度である。
こうした態度に対して世界の超越性の自明性を問題とし、その意味を問うのが超越論的態度である。このような態度変更によって私は自然的から超越論的となる。
事典p. 331
超越論的哲学... 主観が認識の構成の担い手とされ、対象の知的構成の根拠となるとき、それまでは主観から独立にそれ自身で存在しているとみなされた超越的存在者(対象)に主観性は先行することになる。主観性は超越論的性格を帯びるのである。 事典p. 335
超越論的←→自然的
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p.84
近くにおいてであれ、日常の関心においてであれ、学問的分析においてであれ、われわれに現出する世界が唯一の実在的世界である。
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現出と実在との間の区別が維持できるにもかかわらず、フッサールによれば、それは2つの分離された領界の間の区別ではなく、現出の領界に内的な区別である。
それは対象が表面的な一瞥で現出する仕方と最善の周囲状況のもとで現出する仕方との区別である。
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身体とパースペクティブ性
手が触れるという役割と触れられるという役割の間を行きつ戻りつする両義的な状況を提示するのである。。。。この経験は、感情移入にとって決定的であり、自己統握を自分以外に向ける多様な形式のための踏み台の役目をする。