Please enable JavaScript.
Coggle requires JavaScript to display documents.
biyonndo the border (自分らしさ (インターネットの存在 (インターネットの広がり=不可侵の広がり, 不可侵とは?,…
biyonndo the border
自分らしさ
あるがままの姿
現状
特徴
容姿
スキル
好き嫌い
とりあえずの今の自分
内側の姿
ありのままの自分
あるべき姿
外側の姿
自分で自分の姿は見えにくい
大切な人から見て、どう見えているのか?
自分に何が求められているのか?
自分は誰に何ができるのか?
求められている自分
ありたい姿
内側と外側の組み合わせ
自分と相手の理想の自分
目標の自分
自分の理想だけを追い求めると誰とも手を繋げない
自分のやりたいようにしていては誰も協力してくれない
周りの人間が全員が敵に見えてきてしまう状態
自分で自分の人生をダメにしてしまう
自分で自分の人生を生きずらくしてしまう
人生とは、人と生きるという字をの組み合わせ
「大切な人」と「生きる」
なりたい自分
落とし穴
あの人はイイな
羨ましいな
今の自分からスタートしなければ穴に落ちる
バランスが大切
「あるがまま」に甘える
ありのまま
思うがまま
わがまま
自分の世界に閉じこもってしまう
「あるがまま」を否定
自分なんか
あの人はイイな
自分を恥じる
自分の意見に自信がない
自分の可能性を閉じてしまう
「あるべき」に甘える
人のせい
他人に従う
自分の意見がない
そうだそうだ
都合のいい人
自分の未来を自分以外に任せてしまう
自分以外に託して、自分の人生も他人事
乗り換えで生きている人
自分のフィルターがない人
あるべきの欠落
ありのまま
大切な人から嫌われる
「ありたい」が見つからない
どこへ向かうか分からない
やりたいことがない
何をしたらいいか分からない
入力待ちの人生、万年待機状態
望みが分からない
誰の思いも、自分の願いもないから、思い通りにならない
自分から自分への望みが分からない
大切な人から自分への望みは受け取れない
求められない理解されない多くの人が知らない事実
あるがままを前提として
あるべき姿を含みながら
ありたい姿をイメージする
あるがままを貫き通したら他人にとって誰からも求められない姿になってしまう
自分の言いたいことだけ言って、実は大切な人から嫌われている人生は辛い
そしてバランスが悪い
あるべき姿を含んでいたら
大切な人に求められる人生を送れる
そして、ありたい姿を目指すことで
自分の人生をコントロールしながら大切な人に求められる人生になる
あるがままの姿、あるべき姿、どちらかに偏ってしまうから問題が起きる
前提を知り発展させる
知的進化=ありのままを知る事→今の自分を受け止める事→どこへ向かうのか決める事
そのままを知ることからスタートしないと何も始まらない
スタートラインがどこなのかも分からない
もがいているけど、進んでいる気がしない
スタートラインに立っていないから進んでいない
自分(前提条件、過去)を知って、なりたい自分をイメージして、求められる自分でバランスをとる
自分のエゴ(羨ましい、駄々をこねる)(欲しい結果)だけあっても仕方ない
前提条件(過去、変えられない)に囚われていては変われないし、今のまま
これからの時代は、両方を組み合わせて前に進む時代、前に進む感覚を感じれる
今までは、エゴだけでなんとかなった時代(少年のような…)
我が強く、逆らえない人が強い時代だった
今は、エゴが強い人間が嫌われる時代に突入したと思っている、従属の強要は嫌われる。こっちの方がイイは嫌われる。これもイイと思う。何故ならば…
エゴは必要だけど、自分のためだけに、周りの人がいるんだ的な発想になってしまってはいけない
周りにいますよね?エゴ押しの人、支配的な人
そのエゴ押しの人を否定したらいいのか?と言ったら違う
否定からは何も生まれないし、エゴは否定しちゃいけないし、無くしちゃいけないから
とりあえず触らないで、眺めるぐらいでちょうどいい
エゴを見失わないための、エゴの見本として、そっとしておく
自分のエゴと大切な人の思いを組み合わせる
文化交流が必要
文化交流って?
自分の世界を広げるとゆうこと
いくらでも組み合わせることができるようになる
1度組み合わせ方を知ってしまえば
自分の世界を広げるには
大切な人の思いを自分の人生にプラスすること
自分のエゴだけ、自分の好きなことだけを自分にプラスするのではなくて
大切な人が自分に求めていることも自分の人生にプラスしていくということ
知的交流が必要な時代
自分のイイね!と、大切な人のイイね!の交流
次の時代には、ゴリ押しや従属や服従といった古い交流(古い関係)は選択されない。淘汰されていっている
次の時代を生きやすくするには、自分のエゴ(ゴリ押し)だけではなくて、大切な人のエゴも必要になる
淘汰されるということは、絶滅するということ。生きにくくなるということ。
生きやすくするために、大切な人と生きるために進化が必要になる
エゴとエゴの組み合わせ=知的交流=進化
自分が自分であり続けるために
3つの意識
絶滅しないために
大切な人と生き残るために
1、大切な人を守る意識(誰かの側にいようとする)
2、エゴを受け入れる柔軟性(自分の世界を広げようとする人)
3、エゴを変換する表現力(私とあなたを行き来できる人)
この3つが、交流を始めるために必要になる
大切な人に求められるために、
なぜ必要なのか?
究極の交流とは?
私はこう思っています。あなたはどう思っていますか?じゃあ、こうしてみましょう。
好きも嫌いも強制しない。ただ教えて、知って、2人で考える(混ぜ合わせる、組み合わせる、)
1、は何か?
2、は何か?
3、は何か?
インターネットの存在
インターネットの広がり=不可侵の広がり
不可侵とは?
誰にも侵略を許さないということ
簡単にいうと、誰の顔色を伺うことなく、好きなものを好きと言えること
好きな時に、好きなだけ、好きな情報に誰でも触れることが可能になった
一昔前の情報は、テレビ、雑誌、書籍、ラジオ、など
限られた人達が作った(発進した)情報に一喜一憂していた時代
流行り廃りの時代
誰かが作った情況の変化に、喜んだり、心配したりしていた
インターネットの広がりによって何が変わったのか?
誰もが情報の発信者であり、誰もが情報の支持者になることができるようになった
誰もがSNSなどで自分の好きな世界を作り、好きな人たちと繋がり、好きなものを応援することが当たり前になった
誰にも侵略されない絶対的な「好き」を生み、それは絶対的な「嫌い」も生んだ
好きな情報に触れられる権利と、嫌いな情報を拒否する権利を持てるようになった
未だ、多くの人は直接的な世界(社会)で好きなことを表現できず
間接的な世界では自分の内側では好きなことを追い求める気持ちが高まった
自分の内側(エゴ)に引きこもる人が多くなった
自分の外側と内側で、気持ちの差が生まれストレスが生まれるようになった
言い換えれば、自分の世界のバランスが崩れ始めた
このバランスを整えるために、エゴとエゴの交流が必要になってくる
自分のエゴと大切な人のエゴの交流
エゴの交流=お互いの好きを認め合う
具体的に認めるとは?
社会(外の世界)で疲れたら癒される場所が必要だよね
今の社会では認められない
でも、私とあなたの世界なら認め合えるでしょ?
なぜ認め合えると言えるのか?
なぜ認められないのか?
会社に従い、不平不満を言わずに、管理者にとって易しいもの
管理しにくいものは認められない
27:00
だびびと
自分が見たものを伝える
その物の良さ
その物の素晴らしさ
その物の美しさ
用意された通りに進んでいたら何も変化は生まれない